有機農業の現状や問題点について
2015年2月17日
有機農業の基本的な考え方は、化学肥料や農薬、除草剤を使用せず、安全な作物を栽培するという点にあります。また生物多様性の維持やエネルギーの消費量を抑えるといった社会的な意義も、目的に含まれるといえるでしょう。この記事では有機農業の定義を明示した上で、いわゆる有機野菜は私たちの健康に良いのか、有機農業は環境に良いのか、有機農業で世界中の食料をまかなえるのかといった3つの視点から、有機農業に関する科学者たちの意見を紹介し、有機農業のメリットやデメリット、問題点を明らかにしたいと思います。
そもそも有機農業とは?
先に述べたように有機農業は化学肥料や農薬を使用しない農法です。ただしその厳密な定義は各国によって異なります。例えば日本の有機JAS規格では、天然由来であれば化学肥料と全く同じ成分の肥料の使用が一部認められています(2)。有機JAS規格では作物の主要な栄養源となる窒素を無機肥料として与えることはできませんが、アメリカの規格では天然の硝酸ナトリウム(化学肥料と全く同じ成分のもの)を窒素源として与えた作物を有機食品として販売することができます。このようにある国では有機野菜として販売できる作物が、他の国では有機野菜として販売できないケースもあります。
世界規模での有機食品の市場は拡大しており、この5年間の売上の増加は年率約10%にもなります(3)。売上の8割は北米とヨーロッパが占める一方で、有機農業の農場の半分がオーストラリアや南米、アジアにあります。本来、有機農業の目的には化石燃料の使用削減も含まれますが、先進国での有機野菜の需要拡大は輸出市場として魅力的で、農場の拡大・工業化を推し進め、1,000 kmも離れた場所へ輸出している農場もあるようです。
有機野菜は体に良いのか?
2001年に英国土壌協会は、有機食品には間違いなく農薬のような有害な物質は少なく、ビタミンやミネラルといった栄養素が多いと結論づけています(4)。しかしこれに反論する科学者もいます。例えば有機農業では耐病性の高い品種が好まれるのに対して、慣行農業では収量の高い品種が好まれます。品種の違いを考慮していないため、純粋に農業の手法による違いを観察している結果ではないとの指摘もあります。
とはいえやはり、有機野菜にはビタミンCや鉄といった栄養素が多く含まれているようです(5)。ただしイギリス、ニューカッスル大学のブラント博士は、多くの先進国では日常の食生活でこれらの栄養素を充分に摂取しているため注目には値しないと述べています。彼の指摘によると、真に注目すべきは病害虫に対する防御物質として産生されたフェノール系化合物(ポリフェノールなど)であり、これらの物質は抗ガン作用が見込めるとのことです。カリフォルニア大学のアサミ博士は、有機栽培したブラックベリーやトウモロコシにはフェノール系の化合物が30から50%程度多く含まれることを報告しています(6)。また洋ナシや桃でも同様の結果が見られます(7)。ブラント博士によると、慣行農業では施肥のしすぎで作物が栄養過多になり病害虫に対する耐性よりも自身の生長により多くのエネルギーを費やしてしまうことになってしまうため、有機栽培で育てた作物の方が、フェノール系の化合物が10から50%程度多く含まれるそうです(肥料過多による影響については、「硝酸態窒素の人体への影響について」の記事を参考にしてください)。
しかしこのようなフェノール系の化合物が人体に与える影響は未だ不明な点が多いのも事実です。イギリス、エディンバラ大学の植物学者であるトレワヴァス博士は、これらフェノール系化合物の人体に対する影響が明らかになる前に、このような化合物を多く含んだ食品を摂取すべきではないと述べています。植物に含まれるこのような化合物は10,000種類以上ありますが、高濃度では発ガン作用を、低濃度では抗ガン作用を示すようにみられます(8)。
有機食品には禁止・制限されている農薬は含まれないと期待できます。欧州食品安全機関(EFSA)は慣行農業で栽培された作物の残留農薬をモニターしており、まれに法規制を超えた値が検出されることがあります。平成24年度の農水省による残留農薬検査では、0.03%の検体で法規制を超えた農薬が検出されています。このような事実を前にして、私たちは残留農薬について心配すべきでしょうか。
多くの研究者は、これらの残留農薬は食品安全上問題ないと考えています。まず通常、残留農薬の法規制値は健康に悪影響を与える量である一日許容摂取量(ADI)よりも大きく下回る値が設定されています。また実際に実際に私たちがどの程度の残留農薬を摂取しているかの分析手法としてマーケットバスケット分析という手法が用いられます。これは私たちが普段そうするように、スーパーなどで代表的な食品を購入し、調理した食品に含まれる残留農薬の量を調べるという分析手法になります。殆どの農薬は検出されませんが、検出されたとしてもそれらの値はADIの1%にも届きません。多くの毒物学者は、残留農薬のモニタリングや規制はもちろんすべきではあるが、残留農薬を完全にゼロにする必要はないと考えています。
環境への影響について
有機農業は環境に良いのかという疑問は、より難しい質問になります。土壌流出や大気汚染といった観点では従来型の農業との違いは大きく認められませんが、生物多様性という観点からは、農薬を使用しないため明らかに有機農業に利があるようです(9, 10)。有機農業はまた、面積当たりや収穫量当たりのエネルギー消費量も少ないようです。労働・機械・電気・肥料・農薬・雑草の管理といった面から有機農業の果樹園ではエネルギー効率が7%高いという報告もあります(11)。反対にメタンガスによる汚染は有機農業の方が影響が大きいようです。
有機農業を行なっていく上で環境への負荷が一番大きい問題は(慣行農業でも同様ですが)、窒素やリンなどの流出です。窒素やリンが河川に流出すると、藻の発生をまねき、水生生物を窒息死させてしまいます。いくつかの研究でこのような流出を抑制させる手法が提案されていますが、なかなか効果的な手法は無いようです(12)。
理論的には、有機農業は大気汚染が少ないと考えられます。生産や輸送において窒素肥料を散布したり化石燃料を燃やす慣行農業と比べて、有機農業の方が窒素酸化物や二酸化炭素の排出量は少ないことが期待されます。炭素源として作物残渣を耕地に梳きこむことによって、大気中への炭素の拡散を抑制できると考えられます。施肥量が少なければ、酸性雨の原因となる窒素酸化物生成の低減も期待されます。とはいえ、有機農業と慣行農業をこれらの点で比較した研究はなく、比較検討できるようなデータはありません。
有機農業の基本理念は、長期間における持続可能性にあります。有機農業では窒素源や有機物を土壌に戻してリサイクルすることにより、これを実現します。多くの研究者が有機農業は土壌に良いという考えを支持しており(13)、イリノイ大学の生物学者であるデイヴィッド博士は、「私はかつて有機農業に懐疑的であったが、有機物に関する証拠がそれを変えた」とまで語っています。しかし長期にわたる研究はなく、持続可能性の証明は難しいのが現状です。
すべての食料を有機農業でまかなうことができるだろうか?
私たちが肉を食べることを諦めれば可能でしょう。1 kgの赤身の肉を得るのに20から50 kgの穀物が必要になるためです。慣行農業を有機農業に置き換えることによってどれ位の収量が維持できるかが問題になります。
農薬を使用せずとも収量は大きく低下しないようです。病害虫は特定の作物を好むため、輪作を繰り返すことによって特定の病害虫が増殖するのをある程度防ぐことができます。とはいえ北米での被害が大きいアスパラガスやトウモロコシ、ミント、イチゴなどの害虫であるムカデは有機農業で対応できないため、薬剤による土壌燻蒸で対応しています。
収量を維持できるかどうかの大きな要として、窒素源を土壌にどれだけ供給できるかが挙げられます。慣行農業では作付け前に合成肥料を施肥します。有機農業では堆肥を使用するか、作付けの合間に窒素を固定する豆類やクローバーなどの植物(根に根粒菌という菌が寄生し、大気中の窒素を植物の栄養となる窒素化合物に変換する)を栽培することによって土壌に窒素源を供給します。21年間にわたる研究では、有機農業では平均して20%程度収量が下がることが示されてます(14)。一方、トウモロコシと大豆で有機農業と慣行農業で同程度の収量が得られたという研究もあります(15)。
商業的な生産において、有機農業はやはり収量が低下すると考えられます。有機農業と慣行農業が同程度の収量であるという後者の研究は温暖な地域での結果であり、冬の間に食用となる豆類を栽培することによって収量の低下を抑え、土壌に窒素を供給することに成功しています。より厳しい気候の土地では、窒素を効率よく固定するクローバーのような非食用の植物を使用せざるを得ないため、収量は低下してしまうと思われます。
カナダ、マニトバ大学のスミル博士は、慣行農業を有機農業に置き換えるには大きな障害があると述べています。スミル博士によると、有機農家が堆肥や豆科作物の栽培によって土壌に供給できる窒素源の量は、今日世界中の農家が消費している窒素源(約8,500万トン)の半分以下だそうです。クローバーのような空気中の窒素を効率良く固定化する植物を栽培すれば利用できる窒素源は増えますが、貧しい国では食用でない植物を作付けするほどの余裕はありません。
家畜を養うためには充分な穀物の生産が不可欠です。有機農業では土壌の健康を保ち、病害虫に対抗するため、様々な作物を輪作する必要があります。家畜の餌として常にトウモロコシや大豆を栽培している農家にとって、有機農業は殆ど実行不可能な農業といえます。