硝酸態窒素の人体への影響について
2009年6月4日 (2014年12月18日 加筆、修正)
植物の成長に必要な栄養素として特に窒素、リン酸、カリウムが、三大栄養素として挙げられます。このなかで窒素は、主に硝酸態窒素(硝酸イオン、NO3-)として植物に吸収されます。ヒトをはじめとする多くの動物が多量の食物を摂取した際に、飢餓状態に備えて余剰の栄養素を脂肪として体内に蓄積するように、植物は過剰に摂取した硝酸態窒素を、栄養素を吸収できない場合に備えて蓄えます。従って化学肥料、有機肥料を問わず、多くの肥料を与えて栽培した野菜には、多くの硝酸態窒素が含まれます(有機肥料中の栄養成分はゆっくりと植物に吸収される傾向にあるため、有機肥料を用いた方が肥料過多になりにくいのは確かです。有機栽培について詳しく知りたい方は、「有機農業の現状や問題点について」の記事を参考にしてください)。
硝酸態窒素は還元反応によって亜硝酸イオンに変化します。さらに亜硝酸イオンは脂肪族アミンと反応することでニトロソアミンになります。亜硝酸イオンは血中のヘモグロビンに作用することによって酸素運搬機能が欠如したメトヘモグロビンを生成し、メトヘモグロビン血症(ブルーベビー症候群)の原因となる可能性があります。また一部のニトロソ化合物は発ガン、肝障害、生殖機能の障害といった健康被害を引き起こすと考えられています。
ここで問題になるのは、野菜に含まれている硝酸態窒素がどのくらい亜硝酸やニトロソアミンに変換されるか、そしてこれらの物質がどれくらい病状の発症に寄与するかという点です。硝酸態窒素の人体に対する影響は50年以上研究されていますが、人体における硝酸態窒素の代謝を完全に明らかにすることは非常に困難であり、硝酸態窒素による健康被害の有無は、研究者の間でも意見が分かれています。欧州では健康被害の可能性を危惧し、ほうれん草やレタスに含まれる硝酸態窒素濃度を規制する一方で(1)、日本の農林水産省では健康被害の確たる証拠がないとして、特に規制を設けていません(2)。
硝酸態窒素はどれくらい体内で亜硝酸やニトロソ化合物に変換されるのか?
水や食物を通じて摂取された硝酸態窒素の一部は口内細菌などの働きによって亜硝酸イオンに変換されますが、胃の中の亜硝酸イオンの量は元の硝酸態窒素の15分の1から数百分の1程度です(3, 4)。これは胃液の低いpH下では硝酸態窒素から亜硝酸イオンへの還元反応が起こりにくいためと考えられます。亜硝酸イオンはヘモグロビンに作用して酸素運搬機能が欠如したメトヘモグロビンを生成します。通常、血中のメトヘモグロビン濃度は1から3%程度ですが、10%を越えるとチアノーゼ症状を引き起こします。
また亜硝酸イオンは脂肪族アミンと反応してニトロソアミンを形成します。一部のニトロソ化合物は発ガン性があることが報告されています。世界保健機関(WHO)は、飲料水に含まれる硝酸態窒素濃度の上限値を10 ppmとしています(5)。10 ppmの硝酸態窒素を含む飲料水を飲み続けても健康への悪影響は確認されませんでしたが(6)、10 ppmの硝酸態窒素を含む飲料水の摂取により尿中のニトロソ化合物濃度が上昇することが示されています(7, 8)。
野菜に含まれる硝酸態窒素
一般に野菜に含まれている硝酸態窒素濃度は飲料水よりも遥かに高く、2,000から3,000 ppm程度です。それにも関わらず多くの野菜が健康に良い影響を与えることは多くの研究者が認めるところです。一部の研究者は、野菜に含まれるビタミンCやポリフェノールといった抗酸化物質によって硝酸態窒素からニトロソ化合物への変換が妨げられているため、健康被害を与えないと考えています。ビートやセロリといった硝酸態窒素を多く含みかつアスコルビン酸(ビタミンC)をあまり含まない野菜では尿中のニトロソ化合物の増加が確認され、逆にアスコルビン酸をはじめとする抗酸化物質を含む野菜や果物を摂取した場合、ニトロソ化合物の形成が阻害されることが確認されています(9, 10, 11, 12)。加えてほうれん草やチンゲンサイでは、作物中の硝酸態窒素濃度が高くなるとビタミンCや糖分の含量が低下するという報告があります(13, 14)。
サンスイ生産組合の考え方と取り組み
私たちサンスイ生産組合では、常に肥料の量をセンサーでコントロールできるという水耕栽培のメリットを存分に活かして、作物が必要とする栄養素を過不足なく適切に与えることによって健康な野菜を栽培することを目標としています。その中で窒素肥料の量も適正化し、硝酸態窒素含量が低い野菜の栽培を目指しています。
前述のように野菜に多く含まれるビタミンCといった成分は、硝酸態窒素からニトロソ化合物への変換を妨げると考えられます(9, 10, 11, 12)。そしてそのビタミンCは、硝酸態窒素含量が低くなるほど多く含まれている傾向にあります(13, 14)。したがって硝酸態窒素含量が低い野菜は、野菜に含まれる栄養素や安全性といった面でより優れていると考えられます。