硝酸態窒素の人体への影響について

硝酸態窒素の人体への影響について。

  •  植物の成長に必要な栄養素として特に窒素、リン酸、カリウムが、三大栄養素として挙げられます。このなかで窒素は、主に硝酸態窒素(NO3)として植物に吸収されます。ヒトをはじめとする多くの動物が多量の食物を摂取した際に、飢餓状態に備えて余剰の栄養素を脂肪として体内に蓄積するように、植物は過剰に摂取した硝酸態窒素を、栄養素を吸収できない場合に備えて蓄えます。従って化学肥料、有機肥料を問わず、多くの肥料を与えて栽培した野菜には、多くの硝酸態窒素が含まれます。
  •  硝酸態窒素が体内で亜硝酸やニトロソアミン体に変換された場合、メトヘモグロビン血症、発癌、生殖機能の障害といった健康被害を引き起こすと考えられています。ここで問題になるのは、野菜に含まれている硝酸態窒素がどのくらい亜硝酸やニトロソアミン体に変換されるか、そしてこれらの物質がどれくらい病状の発症に寄与するかという点です。硝酸態窒素の人体に対する影響は50年以上研究されていますが、人体における硝酸態窒素の代謝を完全に明らかにすることは非常に困難であり、硝酸態窒素による健康被害の有無は、研究者の間でも意見が分かれています。また、欧州ではこの健康被害の可能性を危惧し、ほうれん草やレタスに含まれる硝酸態窒素濃度を規制する一方で(1)、日本の農林水産省では健康被害の確たる証拠がないとして、特に規制を設けていません。


  •   現在の私達の食生活において、硝酸態窒素は飲料水ならびに野菜から摂取する可能性が最も高いといえます。世界保健機関(WHO)では、1948年のアメリカ公衆衛生協会による調査に基づき(2)、飲料水に含まれる硝酸態窒素濃度の上限値を10 ppmと定めています(3)。
  •  フランスのL'hirondelをはじめとする研究者達は、この規制値の基となった調査が古く信頼性に乏しいこと、また飲料水中の硝酸態窒素濃度を10 ppm以下にするためのコストが非常に大きいことなどから、規制値を20 ppmに引き上げるべきであると主張しています。この基礎となった調査の信頼性が疑わしい根拠として、2から5 ppm、そして10から20 ppmの硝酸態窒素を含む飲料水で、幼児のメトヘモグロビン血症が疑われるケースが数例確認されたものの、決して明確に硝酸態窒素と症状との関連が証明された訳ではないこと、そしてこれらの疑わしい症例において、飲料水に含まれていた硝酸態窒素濃度は、幼児が症状を発症してから数ヶ月も経ってから測定されており、信頼性に乏しいこと等を挙げています(4)。一方米国のWardらは、彼ら自身の研究では10 ppm程度の硝酸態窒素を含む飲料水が健康に悪影響を与えることを実証できなかったものの(5)、L'hirondelらの主張に反対しており、規制値の引き上げには慎重な姿勢を示しています(6)。
  •  L'hirondelらは体内における硝酸態窒素の代謝について、Vuらの文献を引用し、飲料水や食物を通じて硝酸態窒素を摂取した際に、口内細菌などによって唾液中の硝酸態窒素が還元され亜硝酸に変換されるものの、胃に移動した時点で亜硝酸の濃度は15分の1から数百分の1にまで低下するため(7)、人体に対して大きな影響を与えないと考えています。Wardらは、VuらやMcCollが示した胃液において亜硝酸濃度が低いという知見は(7, 8)、体内で硝酸態窒素が亜硝酸、さらにはニトロソアミン体に代謝されないことを示している訳ではないと考えています。なぜならば、WHOの規制上限値である10 ppmの硝酸態窒素を含む飲料水を飲んだ際、尿中のニトロソ体の濃度が上昇することが示されているためです(9, 10)。
  •  一般に野菜に含まれている硝酸態窒素濃度は飲料水よりも遥かに高く、2000から3000 ppm程度です。それにも関わらず多くの野菜が健康に良い影響を与えることは、多くの研究者が認めるところです。前述したようにL'hirondelらは、硝酸態窒素を摂取し、口内で亜硝酸に変換されたとしても、胃に至る時点で亜硝酸の濃度は極端に低下してしまうため、人体に悪影響を及ぼさないと考えています。一方でWardらは、野菜に含まれるビタミンCやポリフェノールといった抗酸化物質によって、硝酸態窒素からニトロソアミン体への変換が妨げられているため、健康被害を与えないと考えています。ビートやセロリといった硝酸態窒素を多く含み、かつアスコルビン酸(ビタミンC)をあまり含まない野菜では、尿中のニトロソ体の形成の増加が確認され、逆にアスコルビン酸をはじめとする抗酸化物質を含む野菜や果物を摂取した場合、ニトロソ体の形成が阻害されることが確認されています(11-14)。


  •  ホウレンソウやチンゲンサイにおいて、作物中の硝酸態窒素濃度が高くなると、ビタミンCや糖分の含量が低下するという報告があります(15, 16)。Wardらが主張するように、硝酸態窒素による人体への悪影響がビタミンCをはじめとする抗酸化物質によって妨げられているのであれば、硝酸態窒素を多く含み、かつ硝酸態窒素による悪影響を防ぐビタミンCなどの栄養素が少ない野菜は、やはり人体に害を与える可能性が大きいと考えられます。また私達の食生活において、野菜はビタミン類の主要な摂取源であり、硝酸態窒素を多く含むことによりビタミン類の含量が減ってしまった野菜は望ましいものではありません。
  •  それゆえ私達サンスイ生産組合は、より硝酸態窒素含量の少ない野菜が好ましいと考えます。サンスイ生産組合では、作物に与える肥料を厳密に調節できるという水耕栽培のメリットを最大限に生かし、作物が必要とする栄養素を過不足無く与える栽培方法を常に追求しています。過剰に肥料を与えれば作物に硝酸態窒素が蓄積されますが、逆に作物が必要とする分だけの肥料を適切に与えれば、おのずと野菜に含まれる硝酸態窒素含量は低下します。また作物を最適な栄養状態で栽培することによって、より健康で高品質な野菜を栽培できると考えています。


  • 参考文献
    1. Commission Regulation (EC) No 1881/2006 of 19 December 2006 setting maximum levels for certain contaminants in foodstuffs. Official Journal of the European Union L364/5-24 (2006)
    2. Walton G., Survey of literature relating to infant methemoglobinemia due to nitrate-contaminated water. Am. J. Public Health41 986-996 (1951).
    3. International standards for drinking-water by WHO (1958).
    4. L'hirondel J.L. et al., Dietary Nitrate: Where is the Risk? Environ. Health Perspect.114 A458-459 (2006).
    5. Ward H.M. et al., Workgroup report: drinking-water nitrate and health -recent findings and research needs. Environ. Health. Perspect.113 1607-1614 (2005).
    6. Ward H.M. et al., Dietary Nitrate: Ward te al. Respond. Environ. Health Perspect.114 A459-460 (2006).
    7. Vu B.D. et al., N-Nitroso compounds, nitrite and pH in human fasting gastric juice. Carcinogenesis15 2657-2659 (1994).
    8. McColl K.E., When saliva meets acid: chemical warfare at the oesophagogastric junction. Gut54 1-3 (2005).
    9. Mirvish S.S. et al., N-Nitrosoproline excretion by rural Nebraskans drinking water of varied nitrate content. Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev.1 455-461 (1992).
    10. Moller H. et al., Endogenous nitrosation in relation to nitrate exposure from drinking water and diet in a Danish rural population. Cancer Res.49 3117-3121 (1989).
    11. Knight T.M. et al., Endogenous nitrosation of L-proline by dietary-derived nitrate. Nutr. Cancer15 195-203 (1991).
    12. Bartsch H. et al., Inhibitors of endogenous nitrosation. Mut. Res.202 307-324 (1988).
    13. Mirvish S.S. et al., Effect of ascorbic acid dose taken with a meal on nitrosoproline excretion in subjects ingesting nitrate and proline. Nutr. Cancer31 106-110 (1998).
    14. Vermeer I. et al., Volatile N-nitrosamine formation after intake of nitrate at the ADI level in combination with an amine-rich diet. Environ. Health Perspect.106 459-463 (1998).
    15. 張春蘭ら 水耕ホウレンソウの生育ならびに含有成分に及ぼす窒素濃度の影響 千葉大学学報 43 1-5 (1990).
    16. 池羽智子ら チンゲンサイのビタミンC、糖、硝酸含量に及ぼす品種、栽培条件の影響 茨城県農業総合センター研究所研究報告 13 17-23 (2005)

注目のトピック

硝酸態窒素の人体への影響について。

肥料の与え過ぎによって野菜に蓄積される硝酸態窒素。この硝酸態窒素は人体に悪影響を与える可能性があり、野菜に含まれる硝酸態窒素について懸念を抱いていらっしゃる方もいると思います。このトピックでは、世界中の硝酸態窒素に関する研究結果と、それに対する研究者の意見、そしてサンスイ生産組合の硝酸態窒素に対する考え方と取り組みを紹介します (2009年6月4日)。

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